血液腫瘍免疫の基礎
Lesson 06
京都⼤学⼤学院医学研究科
⾎液・腫瘍内科学 講師
錦織 桃子 先生 監修
がん微小環境は、リンパ球や骨髄由来の炎症性細胞、線維芽細胞、血管、細胞外マトリックスなどで構成され1,2)、がん種やその亜型ごとに形成のメカニズムや細胞構成は異なることが知られます1-4)。B細胞リンパ腫においても、がん微小環境の理解が進みつつあり2,3,5,6)、がん微小環境を考慮した新たな治療戦略が期待されます7)。以下に、昨今蓄積されてきたB細胞リンパ腫のがん微小環境に関する知見について紹介します。
B細胞リンパ腫における
がん微小環境の概要
B細胞リンパ腫のがん微小環境を構成する要素や空間的な配置は病型ごとに様々であり、リンパ腫細胞の遺伝子異常や、リンパ腫細胞が必要とする生存・増殖刺激あるいは免疫逃避に関わるシグナル、体内の炎症反応などの様々な要因により決定されます2)。
B細胞リンパ腫のがん微小環境は次の3つの病型を典型的なモデルとしており、その他の病型はこの3つのモデルの中間的な特徴をもつとされます(図1)2,3)。
Effacementモデル:
バーキットリンパ腫(BL)
がん微小環境のほとんどがリンパ腫細胞で構成されており(90%程度)、リンパ腫細胞は自律的に生存・増殖しています2,3)。
Re-educationモデル:
濾胞性リンパ腫(FL)
リンパ腫細胞と免疫細胞の空間的配置や相互作用は正常組織と類似しており、免疫細胞の腫瘍内浸潤は少ないものの、リンパ腫細胞はがん微小環境との相互作用に依存して生存・増殖しています2,3)。
Recruitmentモデル:
ホジキンリンパ腫(HL)
がん微小環境におけるリンパ腫細胞の割合が少なく(1%程度)、Hodgkin and Reed-Sternberg(HRS)細胞が分泌するサイトカインやケモカインによって、多様な免疫細胞が腫瘍組織内に動員され、HRS細胞の生存・増殖をサポートしています2,3)。
B細胞リンパ腫の
がん免疫微小環境における
免疫逃避機構
B細胞リンパ腫は、リンパ腫細胞自体がリンパ球由来であることと、しばしばリンパ組織で腫瘍が形成されることから、がん微小環境は抗腫瘍免疫を担う側面とリンパ腫細胞の生存・増殖をサポートする側面をあわせ持つと考えられています7)。そのような環境の中で、リンパ腫細胞は様々な遺伝子変異により抗腫瘍免疫応答から逃れる(免疫逃避機構及び防御機構)と同時に、免疫抑制性のがん微小環境を誘導する機能を獲得すると考えられています(図2)7)。
リンパ腫細胞の免疫逃避機構:リンパ腫細胞上のMHC Ⅰ分子、MHC Ⅱ分子、共刺激分子(CD80/86)、接着分子(CD54)などの発現が低下することで、T細胞やNK細胞から認識されなくなります7)。
リンパ腫細胞の防御機構:リンパ腫細胞における抗アポトーシス分子の過剰発現や、T細胞の機能を低下させる免疫チェックポイント分子の発現、マクロファージや樹状細胞からの攻撃を回避するためのCD47分子の発現、免疫細胞の細胞死を誘導するFAS-Lの発現など、様々な機序により免疫細胞による攻撃を回避しています7)。
免疫抑制性の微小環境の誘導:がん微小環境では、インターロイキン(IL)-10による樹状細胞によるプライミングの阻害や免疫抑制性細胞への分化誘導、トランスフォーミング増殖因子-β(TGF-β)による細胞傷害性T細胞(CTL)の疲弊などがもたらされています2,7)。その他にも代謝産物を介した免疫抑制性の微小環境の誘導などが生じています2,7)。
濾胞性リンパ腫の
がん微小環境
FLは、悪性リンパ腫全体の10〜20%を占める代表的な低悪性度B細胞リンパ腫であり、リンパ腫細胞の多くでアポトーシスを抑制するタンパク(BCL-2)の過剰発現につながるt(14;18)が認められます8,9)。その他にも様々な遺伝子変異が疾患の進行とともに生じ、免疫抑制性のがん微小環境の誘導を担っています9)。
FLのがん微小環境は主に免疫細胞、間質細胞及び細胞外マトリックスで構成され、病変部位によってその構成割合は変わりますが、どの場合もリンパ腫細胞はがん微小環境との相互作用に依存して生存・増殖しています(図3)9)。
たとえば、濾胞樹状細胞や間質細胞が分泌するケモカイン(CXCL13やCXCL12)、濾胞性ヘルパーT細胞が分泌するサイトカイン(IL-4やIL-21)や細胞表面に発現する分子(CD40 L)、あるいはマクロファージ遊走阻害因子(MIF)などが、リンパ腫細胞の生存や増殖を促進します9)。 一方、リンパ腫細胞は自身が発現するCD70によりヘルパーT細胞を制御性T細胞(Treg)に変化させるなど、様々な細胞との相互作用を利用して、抗腫瘍免疫反応を減弱させていると考えられています9)。
その他、抗腫瘍免疫が減弱する要因として、CTLの免疫シナプス形成能の低下もあげられます。CTLは通常、リンパ腫細胞と結合する際に細胞膜直下にアクチンを集積させることで免疫シナプスを形成し、リンパ腫細胞を攻撃します(図4)10-12)。しかし、FLのがん微小環境においてリンパ腫細胞と接触したCTLではアクチン重合能が減弱しており、免疫シナプスをうまく形成できないために、抗腫瘍免疫が作用しにくくなることが報告されています10-12)。
FLにおけるリンパ腫細胞はがん微小環境に存在する細胞と様々な相互作用を有することから2,3,5,9)、これらの免疫細胞の予後予測的意義が検討されています13,14)。例えば、CTLの存在は良好な予後と関連しますが、FOXP3陽性Treg細胞の濾胞内の局在は、びまん性に存在する場合よりも、OSの短縮と関連する傾向が示されています13,14)。
びまん性大細胞型B細胞
リンパ腫のがん微小環境
DLBCLは、国内の悪性リンパ腫症例の約3割を占めますが、多様な遺伝子異常が認められ、細胞形態や生物学的特性も不均一な疾患です2,8)。DLBCLでは胚中心(GC)の成熟B細胞に類似する特徴を持つGCB型と、メモリーB細胞に類似する特徴を持つABC型とに大別されます2,9,14-19)。
DLBCLはFLとBLの中間的ながん微小環境を持つと考えられており、一部のリンパ腫細胞ではBLのように細胞自律的な生存・増殖を生じる遺伝子変異が生じている一方で、FLに類似するようなリンパ球や樹状細胞、マクロファージ、線維芽細胞などの様々な免疫細胞ががん微小環境にしばしば認められます(図5)2,10,21,22)。
そのため近年では、リンパ腫細胞だけでなく、これらのがん微小環境の細胞を標的とした様々な治療薬の開発が進んでいます(図5)22,23)。図に示すもの以外にも、リンパ腫細胞をサポートする免疫細胞をがん微小環境から枯渇させたり、がん微小環境への動員を阻害したり、あるいはリンパ腫細胞を攻撃するような免疫細胞に再プログラミングすることを目的とする治療などが開発されています22)。
また、DLBCLにおいてもがん微小環境の細胞構成と予後の関係が報告されています9,20,21)。DLBCLでは、がん微小環境中のCD3陽性リンパ球やCD4陽性細胞、樹状細胞、筋線維芽細胞は予後良好因子とされる一方で、活性化NK細胞や形質細胞は予後不良と相関することが示唆されています24,25)。その他、TAMやTreg細胞についても、予後と関連する可能性があることが報告されています10,26-32)。
Lesson 06
京都⼤学⼤学院医学研究科
⾎液・腫瘍内科学 講師
論文9,11,15,16,20)の著者には、米国Celgene社(現 Bristol-Myers Squibb)又はBristol-Myers Squibbから指導料などの謝金を受領したものが含まれる。
2022年11月作成
承認番号 2204-JP-220018226
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Lesson 05
【解説動画】
多発性骨髄腫において腫瘍免疫微小環境を考慮した治療概念環境と免疫
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