血液腫瘍免疫の基礎
Lesson 02
大阪大学大学院医学系研究科 血液・腫瘍内科学 教授
保仙直毅 先生 監修
造血器腫瘍における免疫療法のアプローチについて紹介します。造血器腫瘍の多くでは、mutation burdenは高くなく、メラノーマや肺がんのようなmutation
burdenが高いがんに比べると、免疫原性は低いため、内在性のがん免疫反応は弱いと考えられます1)。そのため、内在性のがん免疫反応にかかったブレーキを解除することにより効果を示すチェックポイント抗体の効果がみられる疾患は一部に限られています。
一方で、固形がんと比較した際に、造血器腫瘍の大きな特徴として、免疫細胞が腫瘍細胞に容易に出会うことができるということがあります2)。固形がんの場合には免疫細胞は血管を乗り越えて、腫瘍組織内に到達し、さらに腫瘍の深部に浸潤していくことが必要ですが、造血器腫瘍の場合にはそのようなハードルは少ないです2,3)。そのため、造血器腫瘍に対しては、以下に述べるCAR
T細胞療法や二重特異性モノクローナル抗体(BsMAb)/bi-specific抗体療法が期待されています4,5)。
キメラ抗原受容体発現T細胞療法
(CAR T細胞療法)
CAR T細胞療法では、患者由来のT細胞に、がん細胞の標的抗原を認識する抗原認識部位、リンパ球で発現する共刺激分子及びCD3ζ活性化ドメインなどを融合したキメラ抗原受容体(CAR;図1)の遺伝子を導入し、CAR T細胞を作製します6-9)。CARの抗原認識部位は、CAR T細胞がT細胞受容体(TCR)の主要組織適合性遺伝子複合体(MHC)拘束性とは関係なく6-9)、がん抗原などの標的分子を特異的に認識することを可能にします10)。また、CARにCD28や4-1BB(CD137)などの共刺激シグナルドメインを挿入することで、CAR T細胞の効果や持続性の改善が認められることが報告されています11,12)。
CAR
T細胞療法は、再発又は難治性のCD19陽性B細胞性悪性腫瘍に対して主に実用化されています6)。また、再発又は難治性の多発性骨髄腫においては、BCMAをターゲットとしたCAR
T細胞療法があります13)。
CAR
T細胞療法における課題のひとつとして、がん細胞上の標的抗原の喪失や発現量のばらつきがあげられます14-17)。これらへの対応策として、CD38やCD138、SLAMF7などに対するCAR
T細胞14,15)や、BCMAと他の抗原を二重で認識するCAR T細胞の研究・開発が進められています16,17)。
二重特異性モノクローナル抗体
(BsMAb)
BsMAbは、異なる抗原に対する2つの抗原認識部位をつなぎあわせたキメラ抗体で、多くの場合、1つの抗原認識部位はT細胞上のCD3を認識し、もう1つの抗原認識部位はがん細胞上に高発現する抗原を認識するように設計されています18,19)(図2)。BsMAbは、TCRのMHC拘束性とは関係なく、T細胞とがん細胞を近づけ、T細胞の活性化、サイトカイン産生及び細胞傷害活性を誘導します4)。
BsMAbの構造は様々ですが、CD3ε鎖とCD19に特異的に結合するBi-specific T-cell engaging antibody(BiTE®)が、再発又は難治性のB細胞性急性リンパ性白血病に対して実用化されています18,20)。また、多発性骨髄腫に対しては、BCMAやCD38などを標的とするBsMAbの研究・開発が進められています19)。BsMAbでは、CAR T細胞療法とは異なり、CD137(4-1BB)やCD28による共刺激シグナルが入らないことが報告され、tri-specific antibody(tsMAb)などの新たな概念が提唱されています21,22)。
免疫チェックポイント阻害
通常、抑制性受容体であるPD-1はT細胞などに発現し、T細胞の過剰な応答を防いでいます23)。しかし、がん微小環境に存在する免疫抑制細胞やがん細胞は、PD-L1などの免疫抑制リガンドを発現し、T細胞の抗腫瘍免疫応答が起こりにくい免疫抑制状態を作り出しています3,24)。このようなT細胞の免疫抑制状態を解除するため、固形腫瘍や古典的ホジキンリンパ腫ではPD-1などの免疫チェックポイント阻害薬が実用化されています25-29)(図3)。
また、マクロファージや樹状細胞には免疫チェックポイント分子であるSIRPαが発現しており、CD47と相互作用します。血球は「don’t eat me signal」であるCD47を発現し、マクロファージや樹状細胞などによる貪食を逃れますが 、がん細胞もCD47を過剰発現していることが報告されています30,31)。抗原提示細胞の免疫チェックポイント分子を阻害することで、T細胞へのがん抗原の提示を亢進する方法が研究・開発されています31-33)。
従来の抗腫瘍薬が
がん免疫療法に
与える影響
上記のようながん免疫療法が造血器腫瘍の治療において重要な役割を有するようになるに伴って、既存の抗腫瘍薬ががん免疫にどのような影響を及ぼすかを知ることが極めて重要になってきています。その例を以下に記します。
1) IMiDs
インターロイキン(IL)-2は、がん細胞を制御するT細胞の生存、増殖及び分化につながる代謝や転写を変化させます。免疫調節薬(IMiDs)は、転写因子のイカロスやアイオロスのユビキチン化・分解を介してIL-2の発現増加といった遺伝子発現変化を引き起こすことが報告されています34-36)(図5)。
2) 抗CD38抗体
抗CD38抗体は、受動免疫療法として多発性骨髄腫の治療に用いられています5)。一方、最近の報告ではCD38の代謝経路がアデノシンの産生に関与し37,38)、免疫応答を抑制することが示唆されています36,39)(図5)。また、制御性T細胞(Treg細胞)や骨髄由来抑制細胞(MDSC)などの免疫抑制細胞がCD38を発現していることが報告されています40)。このような背景から、免疫抑制の解除/T細胞の再活性化に対する抗CD38抗体の有用性が議論されています5,36)。
Lesson 02
大阪大学大学院医学系研究科 血液・腫瘍内科学 教授
論文25,26,34,35)の著者には米国Celgene社(現 Bristol-Myers Squibb)及びBristol-Myers Squibbの社員が含まれる。
また、論文2,5,14,17,18,25,26,32,34,35)の著者には米国Celgene社(現 Bristol-Myers Squibb)及びBristol-Myers
Squibbから指導料などを受領しているものが含まれる。
2022年8月作成
承認番号 2204-JP-220008015
シーズン1
Lesson 01
血液悪性腫瘍の
免疫応答からの回避
INDEX
シーズン1
Lesson 03
獲得免疫における
T細胞の応答
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