血液腫瘍免疫の基礎
Lesson 01
国立研究開発法人国立がん研究センター 研究所 腫瘍免疫分野 分野長/先端医療開発センター 免疫TR分野 分野長 名古屋大学大学院医学系研究科 微生物・免疫学講座 分子細胞免疫学 教授
西川博嘉 先生 監修
多くの造血器腫瘍の腫瘍細胞を取り巻く免疫微小環境は免疫抑制状態にあり、抗腫瘍免疫応答が起こりにくい、もしくは起こったとしても抑制された状態にあると考えられています1-4)。このような免疫抑制性のがん微小環境は、発がんの過程での腫瘍細胞と免疫系の相互作用によって形成されており、この過程を説明した概念ががん免疫編集です(図1)3,5)。
がん免疫編集1-3,5-8)
通常、生体内に生じた異常細胞(がん細胞)はナチュラルキラー細胞やCD8陽性T細胞などの免疫細胞に認識されて、排除されます(排除相)。しかし、発がんの過程では、免疫細胞の攻撃から逃れられるようながん細胞(後述)が選択され生存します。つまり、がん細胞が免疫応答で排除されにくい状態に陥ります(平衡相)。そしてがん細胞は、本来、免疫系が暴走しないように過剰、もしくは不適切な免疫応答を抑制するために生体に備わっている免疫抑制分子や免疫抑制細胞を利用して免疫抑制性のがん微小環境を構築して発がん(=臨床的ながん)に至ります。(逃避相)。
平衡相から逃避相における抗腫瘍免疫応答を抑制するメカニズムは、それぞれ主にがん細胞の免疫原性の喪失(免疫系に見つかりやすいがん抗原の喪失や免疫抑制性の遺伝子変異や分子発現の獲得など)と抗腫瘍免疫応答の抑制があります (表、図2、図3)。
個々の患者さんで、このようなメカニズムの発がんへの関わりが異なることが明らかにされています。従って、最近では個々の患者さんのがん微小環境を考慮した治療(プレシジョン医療)の重要性が高まってきています2,9,10)。 抗腫瘍免疫応答の抑制機序の一つとして、T細胞が持続的に抗原刺激を受けると、T細胞の活性化(サイトカイン産生の低下など)が抑制され、がん微小環境にT細胞が存在しても抗腫瘍効果を発揮できなくなる「T細胞の疲弊」と呼ばれる状態に陥ることがあります4)。このように、抗腫瘍免疫応答の発揮にはがん微小環境の免疫細胞の状態も考慮することが極めて重要です2)。
がん細胞の抗原性の喪失(図2)
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がん細胞による抗腫瘍免疫応答の抑制(図2)
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がん微小環境による抗腫瘍免疫応答の抑制(図3)
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がん細胞の抗原性の喪失
悪性リンパ腫11-14)や白血病15)患者のがん細胞では、主要組織適合遺伝子複合体(MHC)クラスIまたはクラスII分子の発現低下・喪失が認められる場合があります。
その他の抗原性の喪失メカニズムとして、抗原プロセシング機構の異常により抗原提示されない場合や免疫原性の高い抗原が喪失している場合などが報告されており、このようながん細胞に対する抗腫瘍免疫応答は低下していると考えられます2,6)。
抗腫瘍免疫応答の抑制
がん細胞やがん細胞を取り巻く細胞がPD-L1などの免疫抑制性リガンドの発現を増加させると、PD-1などの免疫チェックポイント分子を発現したT細胞の活性化が抑制されます9,10)。血液悪性腫瘍では、ホジキンリンパ腫16-18)や多発性骨髄腫19-21)患者のがん細胞は、PD-L1/2を過剰発現している場合があります
(図4)。
また、がん細胞は共刺激分子を競合的に阻害し、T細胞の活性化を妨げます2,22,23)。例えば、抑制性受容体のTIGIT (T cell immunoreceptor with Ig and ITIM domains)は、初発の多発性骨髄腫患者におけるCD8陽性T細胞の約半数で発現しています2,22,23)。
TIGITは共刺激分子であるCD226と比べ、CD155などの共通のリガンドに高い親和性を示すことから、CD226を介したがん細胞に対するT細胞の細胞傷害活性等のエフェクター機能を競合的に阻害します2,22,23)(図5)。
がん微小環境における
抗腫瘍 免疫応答の
抑制/不全
がん微小環境における制御性T細胞(Treg細胞)、腫瘍関連マクロファージ(TAM)、骨髄由来抑制細胞(MDSC)などの免疫抑制細胞が、悪性リンパ腫、白血病、多発性骨髄腫のがん細胞に対する免疫応答を弱めるという報告があります23-25)。
Treg細胞は、細胞表面に発現しているエクトエンザイムであるCD39とCD73によりATPからアデノシンを産生して、エフェクターT細胞の活性を抑制します。CD73の発現は乳がん、肺がん、卵巣がん、腎臓がん、胃がん、前立腺がん、尿路上皮がん、子宮がんなど複数の腫瘍タイプの臨床転帰の予後バイオマーカーとして研究されています26)。多発性骨髄腫においても、CD38を介して骨髄微小環境下で産生されるアデノシンが免疫抑制に関連することが報告されています27)。
このように、がん細胞と免疫細胞が相互作用するがん微小環境は、免疫抑制細胞、免疫チェックポイント分子や免疫抑制因子などのさまざまなメカニズムにより免疫抑制性になっています。従って、それぞれの患者でどのメカニズムが強く働いているか、という視点を持って免疫系に作用する製剤を選択することでより有効な治療につながると考えられます
(図6)。
Lesson 01
国立研究開発法人国立がん研究センター研究所 腫瘍免疫分野 分野長/先端医療開発センター免疫TR分野 分野長
名古屋大学大学院医学系研究科微生物・免疫学講座分子細胞免疫学 教授
論文12)の著者には米国Celgene社(現 Bristol-Myers Squibb)及びBristol-Myers Squibbの社員が含まれる。
また、論文11,12,18,20,21,22,23,26)の著者には米国Celgene社(現 Bristol-Myers Squibb)及びBristol-Myers Squibbから指導料などを受領しているものが含まれる
2022年7月作成
承認番号 2204-JP-220005104
シーズン2
Lesson 03
造血器腫瘍における
抗体療法とその応用
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シーズン1
Lesson 02
造血器腫瘍における
免疫療法の
アプローチ
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