血液腫瘍免疫の基礎
Lesson 03
Team Head, Immune Targeting in Blood Cancers Laboratory,
QIMR Berghofer Medical Research Institute中村恭平 先生 監修
血液がんの微小環境を理解するうえで、
獲得免疫におけるT細胞の状態を理解することは重要です。
T細胞の活性化機構
T細胞の活性化には、抗原提示細胞上のMHCとT細胞受容体(TCR)との結合を介した主刺激シ グナル1,2,3)と同時に、T細胞表面上のCD28と抗原提示細胞のCD80/86の結合などによる共刺激 シグナルが必要です1,2,3)。T細胞が主刺激シグナルまたは共刺激シグナルの一方のみを受け取っ た場合には、通常、アナジーに陥り、アポトーシスが誘導されます(図1)1,2,3)。
一方、T細胞の活性化が過剰に維持され自身の組織の損傷を防ぐためのメカニズムが免疫系には存在します1,2,3)。例えば、PD-1、CTLA-4(細胞傷害性Tリンパ球抗原4)およびLAG3(リンパ球活性化遺伝子3)といった共抑制分子を介した抑制性のシグナルが伝わると、T細胞の活性化は抑制されます(図2)1,2,3)。
T細胞サブセットと
腫瘍免疫応答
T細胞は、ヘルパーT細胞(Th細胞)、細胞傷害性T細胞(CTL)、制御性T細胞(Treg細胞)などの機能が異なる様々な細胞に分類できます1,4)。
1)ヘルパーT細胞(Th細胞)
CD4陽性T細胞は、Th1、Th2、Th9、Th17、Treg、Tfh細胞などに分類され、これらのサブセットのバランス異常が種々の病態に関与しています(図3)5-8)。抗腫瘍応答において重要な役割を担うのはTh1細胞です9,10)。
Th1細胞の分化は、樹状細胞由来のIL-12によって促進され、抗原提示により活性化したTh1細胞はIL-2を産生し、CD8陽性T細胞を増殖、活性化し、維持します6-8)。また、活性化されたTh1細胞から分泌されるIFN-γやTNF-αは直接がん細胞に作用して、アポトーシス、血管新生の抑制、腫瘍の増殖阻害を引き起こします。Th1細胞は、NK細胞やCTLを活性化し、細胞性免疫を介した抗腫瘍免疫応答における司令塔としての役割を担っています。
2)細胞傷害性T細胞(CTL)
ナイーブCD8陽性T細胞は、抗原提示を受けて活性化するとCTLとなり、IFN-γに加えてグランザイムやパーフォリンなどの細胞傷害顆粒を発現します。CTLは、標的抗原を発現するがん細胞との間に免疫シナプスと呼ばれる小さな接触面を形成し、細胞傷害顆粒をシナプスに向かって放出し、がん細胞を攻撃・死滅させます4,6,11)。
役目を終えたCTLの多くは死滅しますが、一部はメモリーT細胞として生存します。メモリーT細胞は、幹細胞メモリーT細胞(TSCM)、セントラルメモリーT細胞(TCM)、エフェクターメモリーT細胞(TEM)、組織常在型メモリーT細胞(TRM)のサブセットに分類されます(図4)12)。メモリーT細胞によって、同一抗原の再侵入の際、速やかな免疫応答が可能となりますが、腫瘍をはじめとする慢性的な抗原の曝露によってT細胞は後述する疲弊状態に陥ると考えられます。
3)制御性T細胞(Treg細胞)
免疫抑制細胞であるTreg細胞は、自己への攻撃を回避する免疫寛容に関与する一方で(図5)、がん細胞の免疫逃避にも関与し、抗腫瘍免疫応答を抑制します13-16)。Treg細胞はCTLA-4分子を発現しており、抗原提示細胞の共刺激シグナルを制御しています。加えて、CD25分子(IL-2受容体α鎖)によるIL-2の消費、抑制性サイトカインであるIL-10やTGF-βの産生、細胞外酵素であるCD39・CD73による細胞外のアデノシン三リン酸(ATP)の分解と免疫抑制性の代謝物であるアデノシンの産生を介して、T細胞や樹状細胞などの免疫細胞を抑制します1,13-16)。
T細胞の疲弊の
メカニズム
T細胞は持続的な抗原への曝露によってT細胞の疲弊と呼ばれる機能不全の状態に陥り、がん抗原特異的なT細胞の増殖が認められなくなることが報告されています17,18)。CD8陽性T細胞は、抑制性受容体であるPD-1やTIM-3などを発現しており、これらの発現量とT細胞の疲弊との関連が報告されています17,18)。
また、機能不全に陥っているCD8陽性T細胞では、IL-2やIFN-γ、TNF-αなどの産生の低下が報告されています17,18)。T細胞の疲弊は、転写・エピゲノム因子、代謝などによって複雑に制御されていることが分かってきておりますが、中でもT細胞受容体のシグナル伝達を担う転写因子NFAT、およびその下流で制御されるTOX、NR4AがT細胞疲弊を誘導する因子として同定されています19,20)。
がん微小環境における
免疫抑制メカニズム
がん微小環境では、がん細胞の生存・増殖に適した条件が整っています17,21)。がん微小環境に存在するTreg細胞や骨髄由来抑制細胞(MDSC)、腫瘍関連マクロファージ(TAM)などの免疫抑制細胞がT細胞の活性化を負に制御するとともに、免疫抑制性のサイトカインを産生し、免疫抑制状態を作り出します17,21)。また、がん細胞はグルコースを大量消費する嫌気性代謝を行うため、がん微小環境にはグルコースが少なく、エフェクターT細胞のエネルギー源が不足しているだけでなく、嫌気性代謝で産生される乳酸によって、がん微小環境のpHは低下しており、T細胞が活動しにくい状態となっています(図6)21)。
Lesson 03
Team Head, Immune Targeting in Blood Cancers Laboratory, QIMR Berghofer Medical Research Institute
論文16,20)の著者には米国Celgene社(現 Bristol-Myers Squibb)及びBristol-Myers Squibbから指導料などを受領しているものが含まれる。
2022年9月作成
承認番号 2204-JP-220005104
シーズン1
Lesson 02
造血器腫瘍に
おける免疫療法の
アプローチ
INDEX
シーズン1
Lesson 04
腫瘍微小環境
における
抗原提示細胞
その他のLesson