血液腫瘍免疫の基礎

Lesson 05

多発性骨髄腫の
がん微小環境と免疫

名古屋大学大学院医学系研究科 分子細胞免疫学分野
特任教授

赤塚 美樹 先生 監修

多発性骨髄腫(MM)の治療成績は、新たな薬剤の導入により向上していますが、未だ治癒が困難な病気です1)。この背景には、骨髄腫細胞のゲノム不均一性に加えて、骨髄腫細胞にとって有利な骨髄微小環境が考えられます1)。よって、MMの治癒を目指す上では、骨髄腫微小環境にも着目して治療戦略を立てることが重要だと考えられています1-3)

骨髄腫微小環境

骨髄腫微小環境では、骨髄腫細胞と骨髄微小環境に存在する因子が相互作用して、骨髄腫細胞の生存・増殖に適した免疫抑制状態が誘導されています1-5)。この免疫抑制状態の要因として、①T細胞をはじめとするエフェクターリンパ球の機能不全、②腫瘍関連マクロファージ(TAM)、骨髄由来抑制細胞(MDSC)、制御性T細胞(Treg)などといった免疫抑制細胞の動員、③サイトカインなどの可溶性の免疫抑制因子があげられます(図11-4)

図1.骨髄腫微小環境と免疫

(イメージ図)

骨髄腫微小環境における
エフェクターリンパ球の
機能不全

骨髄腫微小環境ではT細胞の機能不全により抗腫瘍免疫応答が減弱していますが、これにはT細胞サブセットの変化やT細胞の疲弊などが関与しています1,2,6-10)

実際にMMの治療歴別にT細胞サブセットを確認した研究では、骨髄腫微小環境に存在する免疫細胞の組成、T細胞サブセットの内訳や数は、MMの治療歴や治療ライン数の違いにより異なる可能性が示されました(いずれもp < 0.001、Kruskal-Wallis検定)( 図26)

図2.MMの治療歴別の骨髄腫微小環境
におけるT細胞サブセットの違い

一方、MM患者のCD8陽性T細胞では、疲弊状態であることを示す免疫チェックポイント分子(PD-1、TIGIT、CTLA-4、TIM-3、LAG-3など)の発現増加が認められており1,2,4,7,8、マウスモデルを用いた研究では再発によりT細胞の疲弊が進行する可能性が示唆されました9)
最近では、疲弊したT細胞におけるSLAMF7の発現増加やSLAMF7陽性細胞における免疫チェックポイント分子の共発現が認められており、そのようなT細胞ではインターフェロン(IFN)-γの分泌能が低下していることが報告されました(図310)
以上より、MM患者ではエフェクターT細胞が機能不全に陥っており、再発によりその機能不全は進行する可能性があります。

図3.MM患者のT細胞の疲弊と
SLAMF7の関係

また、複数の造血器腫瘍において、T細胞のクローン性増殖(clonal expansion)が認められた患者では予後良好であったとの報告もあります11)。MMにおいても、長期生存した患者の血中でT細胞のクローン性増殖が認められ、それらのT細胞は増殖能が高いことが示されました11)。その他、自家造血幹細胞移植(ASCT)後早期のリンパ球絶対数(ALC)やCD4陽性T細胞数とMMの予後との関連なども報告されています12,13)
MMにおいて免疫機能に作用する治療を行う場合にはT細胞の抗腫瘍免疫応答が重要な要素となるので、骨髄腫微小環境に存在するT細胞サブセットに着目することも重要だと考えられます。

骨髄腫微小環境への
免疫抑制細胞の動員

骨髄腫微小環境には、骨髄腫細胞や免疫細胞の分泌する因子によってTreg細胞やMDSC、TAMなどの免疫抑制細胞が動員されており、これらの細胞は様々なメカニズムでエフェクターリンパ球の機能を阻害し、腫瘍細胞の生存・増殖を支持します1,2)。このことから、骨髄腫微小環境に存在する免疫抑制細胞を予後予測因子とするための研究が行われています14,15)
例えば、骨髄中にTreg細胞が高頻度に認められるMM患者では、無増悪生存期間(PFS)が短縮する可能性が報告されています(図414)。また、末梢血中の単球系骨髄由来抑制細胞(PB-mMDSC)の割合は、骨髄腫患者におけるOSを予測する指標となる可能性が示されています(図515)

図4.MM患者の骨髄中のTreg細胞の
頻度と無増悪生存期間(PFS)の関係

図5.MM患者の末梢血中のmMDSCの
頻度と全生存期間(OS)の関係

多発性骨髄腫における
免疫環境と微小残存病変

近年、微小残存病変(MRD)についての検討が進み、MM患者の長期生存には免疫環境の改善とMRD陰性の両方が重要であることや、MM患者の免疫環境とMRDには関連がある可能性が示唆されています16-18)。例えば、MRD陽性患者の骨髄微小環境ではMRD陰性患者と比較して、TAMや、Treg細胞などの免疫抑制細胞の割合が多く、エフェクターT細胞の割合が少ないことが報告されています(いずれもp <0.05、Mann–Whitney U検定)18)

また、MRD陰性例のうち陽性に転換した患者では、再発リスクが高まることが報告されていますが(図6)、そのような患者では診断時にdel17pやt(1;22)、t(11;14)、低二倍体、高二倍体などの細胞遺伝学的異常が認められる場合が多いことが示されました19)

図6.MRD陰性から陽性に転換した場合
の無増悪生存期間(PFS)

Lesson 05

多発性骨髄腫の
がん微小環境と免疫

名古屋大学大学院医学系研究科 分子細胞免疫学分野
特任教授

赤塚 美樹 先生 監修

  1. 1)中村恭平: 臨床血液. 2021; 62: 1186-1194.
  2. 2)Nakamura K, et al.: Blood. 2020; 136: 2731-2740.
  3. 3)Pessoa RJ, et al.: Haematologica. 2013; 98: 79–86.
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  5. 5)Leone P, et al.: Front Oncol. 2020; 10: 599098.
  6. 6)Visram A, et al.: Blood Cancer J. 2021; 11: 45.
  7. 7)Casey M and Nakamura K: Immunotargets Ther. 2021; 10: 247–260.
  8. 8)Bailur JK, et al.: JCI Insight. 2019; 4: e127807.
  9. 9)Minnie SA, et al.: Blood. 2018; 132: 1675-1688.
  10. 10)Awwad MHS, et al.: Leukemia. 2021; 35: 2602-2615.
  1. 11)Bryant C, et al.: Blood Cancer J. 2013; 3: e148.
  2. 12)Jimenez-Zepeda VH, et al.: Leukemia & Lymphoma. 2015; 56: 2668–2673.
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  4. 14)Alrasheed N, et al.: Clin Cancer Res. 2020; 26: 3443-3454.
  5. 15)Bae MH, et al.: J Clin Med. 2021; 10: 4717.
  6. 16)Bertamini L, et al.: Curr Hematol Malig Rep. 2021; 16: 162–171.
  7. 17)Suzuki K, et al.: Cancers (Basel). 2021; 13: 4867.
  8. 18)Papadimitriou K, et al.: Cancers (Basel). 2020; 12: 3245.
  9. 19)Mohan M, et al.: Blood Adv. 2022; 6: 808–817.
論文2,4,9,10,14,16)の著者には米国Celgene社(現 Bristol-Myers Squibb)及びBristol-Myers Squibbから指導料などを受領しているものが含まれる。

2022年10月作成
承認番号 2204-JP-220011415

シーズン1
Lesson04

腫瘍微小環境における
抗原提示細胞

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Lesson 05

【解説動画】
多発性骨髄腫のがん微小環境と免疫

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