検査・診断、治療や移植にかかわる
看護ケアのポイントや
患者さまの心のケアについて説明していきます。
先生からのメッセージは
現場の生のアドバイスをいただいています。
Contents 1-4
抗がん剤の曝露対策
血液がんの治療では主に抗腫瘍薬を用いた治療が行われます。抗腫瘍薬は、がん細胞だけでなく正常細胞にも影
響を及ぼすことがあり、皮疹や不妊、流産、先天性異常、発がん性など健康への影響も報告されています1)。
血液内科領域では抗腫瘍薬を投与する機会も多く、
用法も多岐にわたることから、看護師が曝露することも考えられます。
抗腫瘍薬を取り扱う際にはその影響と曝露対策の基礎知識を十分に理解しておくことが重要であり、
それが患者さんへの安全な治療環境の提供にもつながります。
抗腫瘍薬の曝露経路
抗腫瘍薬は、曝露によって健康への有害な影響をもたらすか、また疑われる薬品であるHazardous Drugs(HD)に定義されています。HDは看護師の危険が伴う業務のうち、化学的要因に位置付けられており、曝露予防と対策の徹底が求められています2)。
抗腫瘍薬の曝露経路には、こぼれた抗腫瘍薬に素手で触れるなどした場合に起こる皮膚からの吸収をはじめ、揮発した抗腫瘍薬の吸入、そして針刺し事故や経口摂取などがあります1,3)。さまざまな形で患者さんと関わる看護師は曝露機会も多く、抗腫瘍薬の運搬や投与管理、廃棄、あるいは患者さんの排泄物ケアを行う際など多岐にわたります1,3)。がん薬物療法に関わる看護師にとって、抗腫瘍薬の曝露に関する知識は非常に重要です。
表 HDの定義
表 HDの定義
曝露対策の基礎知識1)
曝露対策としては、ヒエラルキーコントロールという職業性曝露防止に関するリスクマネジメントの概念を理解することが大切です。HDに関しては、危険を回避するエンジニアリングコントロールが最も効果の高い対策とされており、曝露や環境汚染を低減するための安全なキャビネットや、閉鎖式薬物移送システム(CSTD)を用いたHDの適切な調整と投与を行います。
▼CSTDとは:外部の汚染物質のシステム内混入を防ぎ、液状あるいは気化したHDがシステム外に漏出することを防ぐ構造の器具
次に有効な対策として組織管理的コントロールがあります。HDを取り扱う際の指針や手順の整備を行い、スタッフ教育や訓練などを実施することで、スタッフ一人一人が曝露対策の知識と技術を持ち、適切に対応できるよう組織的に取り組むことが重要です。
さらに、個々の曝露対策として個人防護具(PPE)の適切な使用も欠かせません。PPEには皮膚や衣類への接触を防ぐ手袋やガウン、HDのボトル交換時や注射針抜去後の輸液ルートから飛散や気化した場合の防護に役立つフェイスシールドなどがあります。
臨床現場における曝露対策
抗腫瘍薬投与後48時間の患者さんの排泄物や体液には、微量の抗腫瘍薬の成分が含まれます2)。そのため、尿や便、血液、胸水や腹水、吐物、汗などや、これらに汚染されたリネン類を取り扱う際には十分に注意する必要があります1)。この期間に患者さんの発汗が多い場合、早めの拭き取りやシャワー浴を行ってもらい、洗い流すことが大切です4)。看護師が清潔介助をする場合にはPPEを用い、袖付きのエプロンなども使えばより防御されます4)。バイタルサインの測定や歩行介助、リハビリなど普通の接触では曝露対策は不要と思われますが、発汗が多い場合には手袋の着用が望ましいでしょう4)。また終了後の曝露対策では、手指消毒よりも石鹸やハンドソープを使ってよく手洗いを行うようにします4)。
患者さん・ご家族への対応4)
抗腫瘍薬による曝露については、患者さんやそのご家族にも認識が広がってきました。そのため、一部では過度に心配されるケースもあります。その場合、看護師はさまざまな抗腫瘍薬の投与を受ける多数の患者さんと長時間接しており、1人の患者さんやご家族の曝露リスクとは区別して考える必要があることを伝えます。
また、同じ湯船に浸かることや子どもとのスキンシップなどはあまり気にしなくてよいことを伝え、どうしても不安な場合には体を洗ってから湯船に浸かったり、大量の汗をかいている場合には拭いたりして、着替えをしてからスキンシップを取るなどの対策を伝えます。これらは実際的な曝露対策というよりも、心理的な対策という意味合いがあります。
がん薬物療法は長期間にわたり行う治療法であるため、曝露への不安がストレスとなったり、家族関係に影響したりしないよう、それぞれの患者さんとご家族の反応を観察しながら指導を進めましょう。
資料
看護師
独立行政法人 国立病院機構 福岡東医療センター
看護部
森 香予 先生
ワンポイントアドバイス
- 自分自身や患者さんを守る-
実際に抗腫瘍薬を投与する看護師は、曝露対策を意識した行動を取るようにすることで、自分自身だけでなく患者さんも守ることが大切だと思います。「がん薬物療法における職業性曝露対策ガイドライン」が2019年に改訂され、施設ごとの曝露対策が作成されつつあるので、施設内での規則やマニュアルをしっかり把握し、それに則って行動することが大切だと思います。
新型コロナウイルス感染症が流行した影響で、院内のマニュアルで推奨されているニトリル性の手袋や指定のガウンが不足したため、曝露対策への影響が懸念されたことがありました。しかし、このような状況では、手袋やエプロンを着用する目的を考え、自分の手を守ったり、体に触れないようにすることが重要なのであって、指定された手袋やエプロンを着用することだけにこだわらなくてもよい、ということが分かります。このような視点は感染対策だけでなく、曝露対策の取り組みでも必要だと思います。
- 病棟での注意点-
PS不良の患者さんでも化学療法の効果が期待される場合は、治療が実施され排泄介助が必要になります。病棟では揮発性の高い薬剤を扱うことがあるので、スタッフ間でこれらの情報を共有することで曝露対策ができるようにしています。尿中への排泄による曝露には注意しており、おむつ交換ではおむつの取り扱いに特に注意しています。女性の患者さんは曝露に対して注意している印象がありますが、男性の患者さんには排尿時には座位でトイレを利用してもらうようお願いしても、ご高齢の方だと「立たないとできない」と言われることもあります。トイレをほかの患者さんと共用している場合は、看護師が曝露対策をする必要があります。
院内のマニュアルに従って病棟の曝露対策や環境整備を行っていますが、血液内科では個別の対策が必要になることもあります。医師や薬剤師と相談をしながらチームで取り組むことが大切になります。
- 通院外来の患者さんへの説明-
通院外来では、患者さんには排泄物に曝露の可能性があることを説明します。患者さんによっては、「そういう薬を自分たちは投与されているんだよね」と過剰に反応されることがあります。病棟でも看護師が防具としてPPEを着用していると、着用している理由を聞かれることがあります。自分たちの体を守るために着用していることを説明すると、患者さんから、治療に対する不安を投げかけられることもあります。患者さんには「治療として必要な薬であって、必要な治療を行うためにも自分たちの体を守る必要があり着用しています」と答えていますが、説明に苦慮することもあります。
情報提供ツールを準備して患者さんやご家族への説明に活用することがありますが、曝露対策を説明すると、過度に怖がる患者さんもいらっしゃいますので、困難を感じることもあります。とはいえ、患者さんの治療のために使用される薬なので、患者さんに説明する必要はあると考えています。
曝露対策は必要ですが、過度に伝えると患者さんは苦痛に感じることもあります。コミュニケーションを取りながら、患者さんの状況に配慮しつつ対応するようにしています。
ドクター
独立行政法人 国立病院機構 福岡東医療センター
血液内科 臨床研究部長
黒岩 三佳 先生
看護師さんへのメッセージ
-看護師さんにおける曝露対策の重要性-
入院時の治療では、曝露対策が必要な抗腫瘍薬が使用されることがありますが、外来通院では、曝露の影響が少ない薬が投与されることが多いので、ご自宅での曝露対策に過度に神経質にならなくてもよいと思います。ただし、ご自宅では抗腫瘍薬を保管する場所には注意してほしいと思います。ほかの人の手の届かない所に保管するという、当たり前のことを徹底することが重要だと思いますので、そのことを患者さんに理解してもらうように説明しています。
曝露に対する考え方は個人差がありますので、気にしない看護師さんもいるように思います。ただし、看護師さんは患者さんよりも曝露機会が多いことや曝露期間も長いので、将来的に不妊も関わってくることを考慮すると、男女問わず曝露には留意したほうがよいと思います。
曝露予防は、病院として取り組むべきことだと考えます。抗腫瘍薬は、薬剤部から病棟まで運ばれ、最終的には患者さんに投与されますが、それまでの管理方法を最適にするためには、看護師一人一人の努力が大切であることはもちろんのこと、病院全体の体制を整える必要もあると考えます。