血液腫瘍免疫の基礎
Lesson 03
藤田医科大学 国際再生医療センター 教授
三原 圭一朗 先生 監修
がん治療における抗体療法は、モノクローナル抗体である抗CD20抗体が導入されて以降、抗体依存性細胞傷害(ADCC)活性の誘導などによる抗腫瘍効果を期待して用いられてきました。また、細胞内に取り込まれることで細胞毒性を示す放射性同位体(RI)標識抗体や抗体薬物複合体(ADC)といったコンジュゲートモノクローナル抗体、免疫チェックポイント阻害薬のようにエフェクター細胞とがん細胞の相互作用を制御する抗体なども造血器腫瘍の治療に利用されています
(図1)1-5)。
最近では、モノクローナル抗体を応用した治療法として、二重特異性モノクローナル抗体(BsMAb)やがん細胞に発現する抗原を認識するキメラ抗原受容体(CAR) T細胞療法をはじめとする養子免疫療法が開発されており(図1)1-5)、以降ではこれらの治療法について解説します。
二重特異性モノクローナル
抗体 (BsMAb)
BsMAbは2つの抗原特異性が付与された抗体です。がん細胞で発現する2つの抗原を標的とする場合には、がん細胞の選択性を高めることで副作用の低減が期待でき、がん細胞と免疫細胞のそれぞれで発現する抗原を標的とする場合には、免疫細胞による主要組織適合遺伝子複合体(MHC)非依存的ながん細胞の認識・傷害の誘導が期待できます6,7)。 図2)。 例えば、Fc領域はエフェクター機能の誘導や半減期の延長を重視する場合には組み込まれますが、組織浸透性の向上や免疫原性の低下を重視する場合には排除されます3,6,7)。
なお、BsMAbを設計する際には、使用目的に応じて異なる構造が検討されます(造血器腫瘍における
養子免疫療法
養子免疫療法とは、がん細胞に発現する抗原を特異的に認識して抗腫瘍作用を示す免疫細胞を、体外で準備して患者の体内に戻す治療法です8)。養子免疫療法としてはこれまでも、活性化リンパ球(LAK)療法や腫瘍浸潤リンパ球(TIL)療法などが検討されてきました8-10)。
そして現在では、急性リンパ芽球性白血病や多発性骨髄腫、一部の非ホジキンリンパ腫に対してCAR T細胞療法が実用化され、新たな治療選択肢として期待されています8-11)。その他、T細胞を用いる養子免疫療法であるTCR遺伝子導入T細胞(TCR T細胞)療法が開発されています(図3)11,12)。また最近では、T細胞の代わりにNK細胞やNKT細胞、γδT細胞を用いた治療法も検討されています。
CAR T細胞療法は、CARを用いた遺伝子改変T細胞療法で、患者から採取したT細胞にCAR遺伝子を導入した後に再度患者に輸注する治療法です10)。CARは、がん細胞表面の抗原を標的とする抗原結合ドメイン、ヒンジ、膜貫通ドメイン、細胞傷害活性を誘導するTCR CD3ζ鎖の活性化ドメインなどで構成されます14,15)。これらの要素ひとつひとつがCARの機能(抗原結合能、細胞増殖能、持続性など)に関与しています15)。
CAR T細胞療法は造血器腫瘍において有効性が示され、がん免疫治療に大きな変化を与えましたが、いくつかの課題も挙げられています。
A. 抗原喪失:
遺伝子変異によりがん細胞の標的抗原が喪失すると、CAR T細胞はがん細胞を認識・傷害することができません8,15)。これに対しては、異なる標的抗原をもつCAR T細胞や複数のがん抗原を標的とするCAR T細胞の開発が検討されています8,15)。
B. CAR T細胞の持続性(増殖能・疲弊):
CAR T細胞の寿命や疲弊によって、有効性が一過的なものになることが課題となっています8,15)。そこで、増殖能の高いより未分化なCAR T細胞を作成する取り組みや、疲弊を防ぐためにCAR T細胞の共刺激シグナルの強度を低下させる取り組みなどが検討されています8,15)。
C. 免疫抑制性のがん微小環境:
がん細胞は自身の生存のためにがん微小環境を免疫抑制状態に誘導することで、CAR T細胞の抗腫瘍作用を阻害しています8,15)。これに対しては、CAR T細胞に免疫チェックポイント分子を阻害する分子や、がん微小環境を炎症状態に誘導する因子を組み込むことなどが検討されています8,15)。
CAR T細胞療法では、サイトカイン放出症候群(CRS)や免疫エフェクター細胞関連神経毒性症候群(ICANS)と呼ばれる神経毒性などの課題があげられています8,15,16)。毒性に対する解決策のひとつとしては、CRS を軽減する仕組みとして、抗IL-6抗体をCAR-T細胞表面に発現させてIL-6を阻害したり、GM-CSF を遺伝子レベルでノックアウトするといった方法などが基礎研究レベルで考案されています8,15,16,21)。
TCR T細胞療法は、がん抗原に特異的に反応するTCRを発現させたT細胞を用いる治療法で、CAR T細胞療法に続く養子免疫療法として期待されています12)。TCR T細胞は、細胞表面抗原に加えて細胞内抗原も標的にできるという利点をもちます12,17)。また、off-the-shelf製剤を目指して、がん反応性TCRの遺伝子を導入した人工多能性幹細胞(iPS細胞)をCTLに分化させる方法なども考案されています18)。
T細胞以外にもナチュラルキラー細胞(NK細胞)やナチュラルキラーT細胞(NKT細胞)、ガンマデルタT細胞(γδT細胞)にCARやがん反応性TCR 、NK細胞受容体(NKR)などを発現させることで有用性を改善する方法が研究・開発されています12,13,19,20)。利便性の向上を目指してアロ細胞を用いたoff-the-shelf製品も考案・開発されています(図6)12,13,19,20)。
CAR NK細胞やCAR γδT細胞では、CAR依存的な細胞傷害の誘導だけでなくNKRやCD16(FcγRⅢA)を介した細胞傷害も期待できます。このため、がん細胞の抗原喪失による免疫逃避に対して有効であると考えられます14,20)。また、CAR NK細胞やCAR NKT細胞、CAR γδT細胞は、T細胞と異なるサイトカインの発現パターンを示すため、CRSのリスクや移植片対宿主病(GVHD)の減少などが期待されています14,20)。
Lesson 03
藤田医科大学 国際再生医療センター 教授
Pickup keyword
論文15)の著者には米国Celgene社(現 Bristol-Myers Squibb)から指導料などを受領しているものが含まれる。
2022年12月作成
承認番号 2204-JP-220023908
シーズン2
Lesson 02
NK / NKT / γδT細胞
による細胞傷害活性
INDEX
シーズン1
Lesson 01
血液悪性腫瘍の
免疫応答からの回避
その他のLesson