医師の家系に育ちながら、それに反発していた高校時代

では、いつ頃から医師を目指されたのですか?

黒田

実はあまり明確ではないのです。父方の先祖の家系は何世代も前から周りを見ると親も、親戚も医師ばかりなんです。子供のころから「将来何になりたいの?」ではなく、「何科になるの?」と聞かれていました。ですので、子供にそんなことはわかりませんが、なんとなく医師になるのだなと思っていました。ところが、中学に入って自我が目覚めてくると、それに疑問を感じるようになったのです。「本質的に自分は文系脳の人間だ」という思いがあって、報道やジャーナリズムに興味がありました。高校では一応理系に進んだものの、文系の学部にも未練があり、あまり勉強には興味を持てませんでした。浪人が決まったときに、さすがにこれではいけないと思いましたが、それでも春先は、理系クラスなのに進路に「法学部」と書いて、予備校の先生に怒られたりしていました。

文系が好きだったけれど、家族の期待を裏切れず、理系に進まれたのですか。

黒田

その頃には、もう、あまり期待はされていなかったと思いますけどね。実際、父はアカデミアで開業医ではないので、継がなくてもよかったわけです。放射線科を専門にしていて、忙しくて家にいないし、話が難しいので、高校くらいまでほとんど父と話をした記憶がないのです。実際、父自身には医者になれと言われたことは一度もありません。でも、子供の頃から、家にはCTなどのいろんな画像があって「体の輪切り写真」には興味津々ではありました。むしろ、医者のイメージとしては祖父のほうが記憶に残っています。祖父は私と同じ京都府立医大の卒業で、和歌山で診療所を開業していました。診療所には近所のおじいさん、おばあさんが集っていて、診察室は消毒液の匂いがしました。夜中に電話がかかってくると、スクーターで往診に行く祖父を見て、「すごいな」と思っていました。結局はその呪縛から逃れられなかったのでしょうね。実は妹も同じ大学の1年下です。妹の方が真面目に考えていたのだと思います。