逃げるようにして行ったドイツでの楽しい経験

いったん外に出て、視点を変えてみようと思われたのですね。留学先はどのようにして決められたのですか。

清井

これもご縁なのですが、僕が大学院生時代に行っていた研究をリードしていたのがウルム大学のクラウス・R・バルトラン教授で、そこに日本から留学している先生もいたので、「フンボルト財団の奨学生に選ばれたら受け入れてもいい」と言ってくださったのです。そこで、フンボルト財団の役員をされていた京都府立医科大学の阿部達生先生にいろいろ教えていただき、奨学生になることができました。

フンボルト奨学生は受け入れ先の教授が決まっていないと応募できないのですが、それが先に決まっていたので楽でした。だから、自分から留学先を探して志願したわけではなく、たまたまそこにある条件の中からたぐっていくと、いつの間にかつながって行ったという感じなのです。

留学生の多くが英語圏に行く中で、ドイツの大学に行くのは大変ではありませんでしたか。

清井

まず、ドイツ語の勉強が大変でした。僕はこれまで、ドイツ語の辞書を3回買っているのです。大学の第二外国語がドイツ語だったので1冊目を買い、大学院の入試にドイツ語があったので2冊目を買い、留学で3冊目です。まさかドイツに留学することになるとは思っていませんでしたから、すぐに人にあげたりしていました。
フンボルトは国が管轄している財団で、さまざまな分野の研究者のための奨学金制度です。研究をサポートするだけでなく、ドイツ文化の理解を促進する狙いもあるので、その文化を知るために20日間のドイツ一周旅行が無料でできました。ナチス関連の施設や旧東ドイツの関連施設など、一般の観光客が行かないようなところにも行きました。ベルリンの壁の崩壊後でしたが、高速道路を下りて旧東ドイツ側に入るとデコボコ道に壊れた建物が放置されていたりして、貴重な体験をしました。
また、ドイツ文化を知るためにはドイツ語がわからないといけないので、ゲーテ・インスティテュートという公的な語学学校に2ヵ月間通わせてくれました。これはドイツ各地にあるのですが、僕が通ったのはシュトゥットガルトから北東へ60kmほど行ったところにあるシュヴェービッシュ・ハルという小さな町です。入学するとまず面接を受け、G0(ビギナークラス)に入れられました。
中世の面影が漂う美しい町で、公園に架かる14世紀頃につくられた木橋を渡って通学しました。

2ヵ月でどれぐらいまで上達するものですか。

清井

特訓の甲斐あって、たった2ヵ月でも片言ですが、日常会話くらいはなんとかなるようになりました。授業は月〜金の午前中で、昼から宿題をやって、そのあとは自由時間です。
G0クラスには有名企業の社員や、ドイツ人と結婚している人など、何人かの日本人がいました。ドイツ人の奥さんは日本語がぺらぺらだったので、大変お世話になりました。ドイツ人は英語がわかるのに、あまり話してくれません。役所に行って、最初は習ったばかりのドイツ語で頑張るのですが、途中からわからなくなって英語に切り替えると、返事がドイツ語で返ってくるのです。困った時に奥さんが助けてくださって、非常に助かりました。
仕事から離れて、異国の地で生活を共にしている仲間ですから、一緒に昼食を食べ、宿題をして、夜はまた一緒に食事に行って。日本から半ば逃げるようなかたちで渡ったドイツでしたが、図らずも楽しい日々を過ごすことができました。