死に直面している患者さんを
自分の手で救いたくて…血液内科へ

いつ、どのようにして医師を目指そうと思われたのでしょうか?

松村

最初は弁護士になるつもりでしたが、高校2年のときに進路指導の先生に「弁護士は大学に入ってからが勝負、医学部は入ったら医者になれるから」と甘い言葉に誘われて進路変更しました。やりがいがあって、人に尊敬される仕事に就きたいと思っていましたので、医者、弁護士、検事のうちどれでもよかったんです。

なぜ、血液内科を選ばれたのですか?

松村

もともとは外科に行こうと思っていました。ただ実習でまわってみると、執刀医ではなく横で見ていると外科はつまらなかったんです。
内科をするならがんをやりたいと、それは決めていいました。しかし、私が研修医の頃は、胃がんも肝臓がんも外科に治療を委ねる時代でした。今のように内視鏡治療やラジオ波焼灼という治療はありませんでしたから。
私はがんの治療を「主役」としてやりたいと思っていたのです。ただし、中途半端な延命治療には興味なかった。患者さんに治癒をもたらせるような治療がしたかった。そういう条件が全部そろっていたのが血液内科だったんです。

でも、その当時は、今みたいに造血器腫瘍の治療薬もまだそんなにない時代ですよね?

松村

最初に受け持った症例が衝撃的でした。急性骨髄性白血病の瀕死の患者さんに抗癌剤を投与して、そのあともずっと悪い状態が続いたのですが、正常な白血球が回復してくると、みるみる熱が下がって、状態がよくなって、元気になられました。それが治癒につながるかどうは別なのですが、その劇的な改善をみたときに衝撃を受けました。
その後、消化器内科、循環器内科を回り、いろいろな病気を診ましたけれど、比べてみて、やはり「血液内科の治療はすごい」と実感するようになりました。

なぜ、「がん」だったのですか。

松村

たぶんそれは私のせっかちな性格によるものだと思います。たとえば、糖尿病の患者さんでも、死に瀕している糖尿病性昏睡のような患者さんを治療するのなら、それはそれで興味があったと思います。けれど、元気な糖尿病の患者さんをフォローして、10年、20年後の予後をよくするために頑張るというのは気が遠くなります。そういった患者さんには生命への危機感がないんです。「会社の健診で言われたから来ました」みたいな。そのような患者さんに対して「将来のことを考えて薬を飲みなさい」というのは性に合いません。それは高血圧の治療も同じです。今みたいに心筋梗塞を起こされた患者さんにカテーテル治療できるなら、循環器内科に対する見方も変わっていたかもしれません。けれど、私が医者になった頃は、循環器内科医の仕事は診断が中心で、心臓カテーテル検査で狭窄部位が認められたら、ACバイパス術をしてもらうべく、心臓外科にお願いする時代でした。途中で治療を他人に委ねるような病気の診かたはしたくない。診断から治療まで自分が責任をもってやりたいと思い、血液内科の「がん」を選びました。