勉強嫌い、先生嫌いから医師志望へ

こどもの頃はどう過ごされましたか?

赤司

田舎の小学校だったので、ほとんど勉強しないで、釣りをしたり、ベーゴマを回したり…遊んでばかりいました。宿題をやっていったことはほとんどありません。先生に「宿題はどうした?」と聞かれると、「あ、いけねえ、持ってくるのを忘れちゃいました」と言っていました。宿題はやったのに本当に忘れたことがあるんです。そのときは走って家まで取りに帰って、持ってきましたけどね。

よく学校の先生に怒られたんです。だから学校の先生、嫌いでね。

実は僕の母は教師で、僕にもなってほしいと言っていました。それに対する反発もあって、学校の先生なんか絶対いやだと思っていました。

6年生のときに、考古学者と話す機会があって、考古学が好きになりました。それからは土日に、自転車で遺跡をめぐりました。雨の降った次の日なんか、畑の表面に鏃(やじり)が浮いているんです。その鏃や斧の破片を磨いていました。それらはいまでも取ってあります。そう、勉強したのは6年生になってからですね。

医者になろうと思ったのはその頃ですか?

小松

いや、その頃は全然思っていませんでした。ただ、今、振り返ってみると、家族にちょっとした手当をしていましたね。近くに整骨院があって、僕もよく怪我して行っていたので、先生が湿布するところをじっと見ていました。祖母が「足が痛い」と言うと、僕は薬局でいろいろ買ってきて、祖母にガーゼで湿布してあげたりしていました。でも医者は嫌いでした。病院が大嫌いでした。あの臭いがだめでね。

大学受験の際に医者になろうと思われたんですか?

小松

いえ、まだです。あの頃はアポロの月着陸などもあり、ロケットを飛ばしたいと思っていたのかなあ。将来的には、宇宙工学とか航空工学を勉強しようと思っていて、大学では物理学を学ぶつもりでした。ところが受験に失敗。予備校でたまたま隣にいた人から受験先を尋ねられ、「理科I類を受けるつもり」と答えたら、「これからは医学の世界だ。医者だ」と言うんです。そして「理Iを受けても、とどのつまりは学校の先生だぞ」と。僕は学校の先生が大嫌いでしたから、そこで志望を変えました。だから僕は「なぜ医者になったんですか」と聞かれると非常に困るんです。単に学校の先生にはなりたくないというだけで、僕は医学部を選んだんですから。

理科一類の二次試験には社会がなかったから、あまり社会には力を入れていませんでした。医学部を受けるに当たっては、なるべく社会の点数が低いところはないかと探し、受けたのが新潟大学です。近代史が出ると山をかけて、受験前日に100ページ読んだら、全部、そこから出て、受かることができました。運命の100ページでしたね。