赤司先生の原点

今回の企画の主旨は、学生さんたちが血液内科に入ろうと思う時に、例えば赤司先生のお人柄がわかって、「ああ、こういう先生のところに行きたいな」と思えるような、そんな先生の生き方を紹介したいんです。一般の人にとっては、普段学会とかで講演されている先生を見て思い描いているイメージがあるわけじゃないですか。そこを実はこんな先生だったんだとか、こんな趣味をお持ちなんだ、とか。そういった所がわかればと思っての企画なんです。

赤司

そんな目的なら、嘘をつかなきゃならなくなりますよ(笑)。敢えていうとしたら、「何でも見てやろう」です。小田実の『何でも見てやろう』っていう本があったじゃないですか。あんな感じですよ。僕の基本は。そこの本棚にもあるけど、出してみましょうか、これです。 戦後すぐに世界中を1日1ドルで旅する貧乏旅行記です。小田実自体は、最後は政治思想でちょっとおかしい方向に行ったと思うんですけど、この時期の著作は非常に面白くて、世界中のいろんなところに潜り込んでいくんです。フルブライト交換留学生として国外に出て、帰りを世界一周チケットにして、小刻みにずーっと世界をまわっているんですよ。1日1ドルだから、今でいえば1日3,000~4,000円ぐらいだと思うんですけど。
この「何でも見てやろう」という考え方に共感して、僕の基本は「生きている間におもしろいことをやりたい」と。研究をやるにしても、やるからには一流というかな、トップレベルを見てみたいと思うじゃないですか。臨床もやるからにはやっぱりトップレベルを見たい。全部そうですよ。
だから、そういう考え方が趣味でも何でも生き方そのものに反映されていることは間違いないと思います。それは自分がトップレベルにならなければいけない、ということとはちょっと違うんです。そんなのは自分に厳しすぎるでしょ。そうじゃなくて、言い換えればどういう人が一流なのか、どんなことがトップレベルなのかというのを理解したいという気持ちが強い。それが僕の基本です。
自己分析していて思いますけど、こういう姿勢は、負けず嫌いというのとはぜんぜん違うんです。何でも知りたいなと思う、葉巻ひとつにしても、キューバ産のこれがおいしいといわれたら、じゃあどうしておいしいといわれるのか、それを知りたい。そういう素直な好奇心ですよ。超一流といわれるものはなぜ超一流なのか、というのを知りたいと。研究もそういう気持ちです。
なぜアメリカで研究をやるのかということを後輩に尋ねられて、一度手紙に書いたことがありますが、例えばノーベル賞を獲る研究者とか、そこを目指せるような、そういう研究者というのがどんなふうに仕事をしているのかを知りたいと思う。そういう人の人生の価値観とか生き様みたいなものがわかれば嬉しい。それを通じて、超一流の研究とはどういうものか理解したいと。だから留学して研究することに意義がある、というようなことを手紙に書いたのを覚えています。間違いなく今でもそう思っています。

山中先生がノーベル賞を取られましたが。

赤司

山中さんの仕事は研究対象こそ違いますがリプログラミングという領域には関わっていただけに、僕にはよく理解できる。発想の原点となった報告の時点で、どうしてこういう実験系を考えたのかわかるし、スクリーニング法というのも思いつけるただしそういう発想で突き進むだけの力があるかどうかが勝負を決めるんだなということもよくわかる。昔の手紙に書いたとおりになっているんだけど、まとめれば、なんでも一番面白いところを見てみたいというところが、僕の人生に対する基本的なドライビングフォースですね。

一般にアマチュアって、なにか自分が始めたものに対して、その世界にプロがいたり、世界ランカーがいたりすると、いつの間にかそこに到達しないといけないような、妙な義務感のようなものが出てきてしまって、楽しくて始めたことなのに気がつくと苦しんでしまっている人たちっていますよね。だけど、そうではなくて、本当に世界一のレベルが理解できるようになりたいという先生のお考えと、自分がそうならなければならないという義務感とはぜんぜん違うという、意識の変革ができそうなお話ですね。

赤司

自分が頑張るためには自分の仕事で頑張るしかない、という発想で正しい。おそらく山中さんは全力で一点集中してリプログラミングの研究をされたはずです。でも、そうできない研究者もたくさんいるんですよ。中には研究対象がブレる人間もいます。でも、ブレというのはけっして悪いことじゃない。僕のスタンフォード時代のボスは幹細胞をテーマにしながら、それとは異なる研究対象で、それぞれに一流の仕事をしています。山中さんのようなノーベル賞を取るような仕事はできなかったんだけど、他に素晴らしい仕事をいっぱいやっています。彼の場合、ひとつひとつの異なる領域の研究が相乗的に効いている。そういうやり方もある。あくまでも画期的で世の中をひっくり返すような発見が、ノーベル賞に繋がるのだけれど、そうじゃない研究もたくさんあって、それも結構面白いんですよ。いくつかの思考をあわせて考えていくという複雑系の仕事、これはこれでまた面白いですね。