研究と論文とプレゼンテーションの日々

専門でやりたいのは血液だけれど最初は臨床医になろうと思っていた、というわけではないのですか。

赤司

いや、臨床医ですよ。臨床医しか考えなかった。だから、血液研究室に行きなさいと言われて研究を始める時は苦痛でたまりませんでしたね。研修医時代、臨床で頑張って、頼りにされる医者になっていたわけですよ、それなりに。そこから今度は一気に実験でしょ。まったく違う世界で本当に苦痛でした。しかし、強制的に一回研究をやらされるというのはとても重要だと今はよくわかります。研究に目覚めるためには一度は研究そのものを経験する必要がありますし、その後臨床に戻った時にものの考え方が大きく変わります。ところが、今はその強制がないから、臨床だけを続けてしまう若い人が多いじゃないですか。それでは、後の伸びがない。やはり、一度強制的に研究をする、ということがとても大切だと思っています。

その頃の研究へのモチベーションは、どのようなものでしたか。

赤司

もちろん、きちんとした研究をして一流誌に論文を書くことです。もうひとつ、もっと基本的なことですけど、自分が研究成果を発表するとそれに対して他人からのレスポンスがあるでしょ。それがだんだん日本レベルじゃなくて世界レベルになるわけですよ。そこがとても楽しかった。
ある時、開業していた親父から、「おまえは、試験管振りが好きで研究をやっているのか?」と尋ねられました。僕が答えたのは、「いや、研究をやっていると、大手を振って外国旅行ができる。国際学会に演題が通れば、みんながむしろ応援してくれる、こういう環境は大学でしか得られない」と。そうしたら旅行好きの父は「なるほど」と言って納得していました。

国際学会に行ったりすると緊張したりとかナーバスになったりとかしないのでしょうか。専門家がいっぱい集まるところですし。

赤司

いや、その当時はそんなに重要な発表はしてませんから(笑)。今はかなりクリティカルな局面もありますが、緊張はしません。アメリカでずっと生きていると、こういうことに関しては鍛えられるんですよ。アメリカの小学校に見学にいったとき、廊下に立たされて1人で何かを唱えている子供がいたので「あれは何をしてるんだ」と教師に尋ねると、「彼は人前に出ると緊張するから、こうやって休み時間、廊下でみんなに向かって話しかけて緊張しないように鍛えてるんだ」と。アメリカではプレゼン能力育成を本当に重要視し、それこそ子供の頃から鍛えるんですね。そういう人たちが相手ですから、アメリカで仕事をすればプレゼンに関しては強くなりますね。

ちなみにアメリカでの生活は長いのですか

赤司

僕は1985年卒でしょ。そして1991年まで大学の研究室と医員。で、1991~93年まで2年半ぐらいですけど、福岡市内の原三信病院で骨髄移植の臨床をしていました。その後、2000年までスタンフォード大学です。6年半ぐらいですかね。で、2000年の1月に今度はハーバードに異動して研究室を主宰し、そのラボを閉じたのが2009年の12月。ちょうど10年です。最も、2004年からは九大にポジションがあって、ボストンとの兼任期間が5年半ぐらいです。トータルは16~17年ですよ。でも今となってはもう夢のよう。あっという間に過ぎてしまって、「そんな時代もあったね」という感じです。

その頃の研究へのモチベーションは、どのようなものでしたか。

赤司

僕は1985年卒でしょ。そして1991年まで大学の研究室と医員。で、1991~93年まで2年半ぐらいですけど、福岡市内の原三信病院で骨髄移植の臨床をしていました。その後、2000年までスタンフォード大学です。6年半ぐらいですかね。で、2000年の1月に今度はハーバードに異動して研究室を主宰し、そのラボを閉じたのが2009年の12月。ちょうど10年です。最も、2004年からは九大にポジションがあって、ボストンとの兼任期間が5年半ぐらいです。トータルは16~17年ですよ。でも今となってはもう夢のよう。あっという間に過ぎてしまって、「そんな時代もあったね」という感じです。

今振り返ってみて、いちばん楽しかった時期になりますか、そのあたりが。

赤司

本当のことをいえば、アメリカでの生活では、心の底から楽しいと思ったことはありません。

それはどうしてですか。

赤司

生き抜くための競争が厳しかったから。いろんなことをして楽しかったですけど、いつもどこかに心の引っかかりがあって、心の底からは楽しいとは思わなかったな。
それでも良いことはいくつもありました。ひとつは家族との時間が取れること。とくに2000年からはハーバードで独立していましたから時間的には完全に自由だった。家族を連れて旅をする時間がいつでも作れました。純粋にただ旅をするなんていうことは、日本では考えられなかったですからね。

先生は大変にお忙しい日々を送っておられますが、どうやってテンションを維持しておられるのでしょう。一般論ですが、たとえば出張や残業が非常に多いビジネスマンには体調を崩してダウンするケースもありますが、お医者さんたち、命を預かっているからかもしれませんけど、とにかく皆さんタフですよね。風邪ひとつひかない。それを維持できる秘訣はなにかあるのですか。

赤司

僕は、そんなにタフじゃないですよ。すぐ疲れますけど。まあ基本的には趣味その他で人生を楽しもうとしているからじゃないですか?

具体的には?

赤司

最も基本的なところでは、おいしいものを食べたり、ワインを楽しんだり、そういった類の一般的な楽しみでストレス解消する、ということは確かにありますよね。でもやはり大きな医局にいるというのが大きいかなあ。いろいろな人と人との繋がりを通じて人生を楽しめるということは、とても大事だと思います。あと、僕の最も拘っている趣味は、オーディオです。