直鎖状ユビキチン鎖:慢性炎症・癌化に関わる新規ユビキチン修飾系
岩井 一宏 先生
京都大学大学院医学研究科 細胞機能制御学
ユビキチンとは,76アミノ酸から構成される小球状タンパク質であり,ATP依存的に標的タンパク質に結合することで,タンパク質の機能を制御するタンパク質性の翻訳後修飾因子である1)。このユビキチン依存性タンパク質分解系の発見者たちは,2004年にノーベル化学賞を授与された2)。
当初は,「タンパク質のユビキチン修飾」=「タンパク質の分解」として研究が進展したが,その後,ユビキチン修飾系は単に分解(ゴミ処理)の介添え役ではなく,タイムリーに選択的にタンパク質を識別し分解に至らしめるという重要な役割を果たしていることがわかってきた3,4)。その端的な例が,低酸素応答性転写制御因子(HIF)に対する作用である。すなわち,活性化すべきでない正常酸素分圧の状況下では,酸素センサーからのシグナルを受けてユビキチン修飾が作動し,HIFを分解してしまう5)。
さらに,分解のみならず,多彩な様式でタンパク質機能を制御していることが判明してきた。たとえばタンパク質の局在変化,タンパク質結合などを介したDNA修復,シグナル伝達,膜タンパク質輸送,転写調節,等々である6,7)(図1)。そして現在,タンパク質性の翻訳後修飾因子としてのユビキチンの広範にわたる多彩な役割が鋭意研究されている。
そうしたなか,我々は従来から知られていたものとは全く違うタイプのユビキチン鎖である直鎖状ユビキチン鎖を発見し,生成メカニズムを明らかにした8)。
ユビキチンには7つのリジン残基があり,そのいずれかを介してポリユビキチン鎖を形成すると考えられていた。ポリユビキチン鎖は,E1(ユビキチン活性化酵素)/E2(ユビキチン結合酵素)/E3(ユビキチンリガーゼ)の3種類の酵素群が繰り返して反応することで,標的タンパク質に結合したユビキチンにユビキチンが次々と結合することで生成される。
ただし,E3の大多数を占めるRING型のE3は,ユビキチンと結合しているE2と標的タンパク質とに結合し,E2から基質へのユビキチンの転移を促進する6)。このポリユビキチン鎖生成機構を考えたとき,ポリユビキチン鎖が伸長するにつれて,触媒活性中心が空間的にずれてしまう,という生化学反応を逸脱する現象にどう対応しているのかが疑問であった。そこで,この疑問を解明するため研究を進めたところ,ユビキチンのリジン残基ではなく,N末端のメチオニンを介してポリユビキチン鎖が形成されることが判明し,これを直鎖状ポリユビキチン鎖と命名した8)。
そして,直鎖状ポリユビキチン鎖の機能解析を進めた。その結果,直鎖状ポリユビキチン鎖は,刺激依存的な転写因子NF-κBのcanonical活性化経路に関与することが示された9)。NF-κBは,炎症性サイトカインなどの多様な刺激によって活性化されて種々の遺伝子の発現を亢進させることで,免疫応答,炎症,細胞の生存などの多彩な生理作用を発揮する転写調節因子であり10),その活性亢進がアトピー性皮膚炎,自己免疫疾患,癌を含め多くの疾患に関与している11)。
細胞がTNF-αなどで刺激されると,直鎖状ポリユビキチン鎖を選択的に形成するユビキチンリガーゼであるHOIL-1L,HOIP,SHARPINと呼ばれるタンパク質からなるLUBAC(linear ubiquitin chain assembly complex)ユビキチンリガーゼ複合体がNEMO(NF-κB essential modulator)と結合して,NEMOに直鎖状ポリユビキチン鎖を結合させる。NEMOが直鎖状ポリユビキチン化されるとIKK[IκB(inhibitor of κB)kinase]複合体が活性化され,NF-κBと結合しているIκBαをリン酸化,分解へと導く。IκBαから遊離したNF-κBは核に移行してDNAと結合し,種々の遺伝子の転写を亢進させる12)。これが,ユビキチンの63番目のリジンを介して形成されるK63ユビキチン鎖や48番目のリジンを介した
K48ユビキチン鎖と協調したNF-κB活性化,細胞死制御機構における直鎖状ポリユビキチン鎖の役割である12)(図2)。
現在,LUBACユビキチンリガーゼを構成するHOIL-1,HOIPおよびSHARPINの変異,欠損などが,発癌,慢性炎症などに関与することが明らかとなってきており13,14),直鎖状ユビキチン鎖による炎症・発癌制御機構の解析や,直鎖状ユビキチン鎖による免疫制御機構とその破綻による免疫不全症,自己炎症性疾患の研究などをはじめ,直鎖状ユビキチン鎖を中心としたユビキチン修飾系による生命機能制御の研究に鋭意取り組んでいる。
【参考文献】